ミャンマー祭り2014

ミャンマー祭り2014終了しました

ご来場いただいた皆様方、協力いただいた皆様、ありがとうございました。

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サポーター紹介

お祭りの司会ご担当
お祭り当日、司会を引き受けてくださったフリーアナウンサーの山元香里さんからコメントをいただきました。

―― 2010年5月に、支援していたNGOのドナーツアーではじめて訪れたミャンマー。
古き良き時代の日本を彷彿とさせるような風景や人々の温かさに、すっかり虜になりました。競争社会の中で忘れかけていた心の豊かさというものを教えてもらった気がして、1ヶ月後には再びその地に足を運んでいたのでした。ミャンマーに触れる機会が無いという方、まずはぜひミャンマー祭りに来て頂き、ミャンマーの雰囲気を感じてみて下さい。知らぬ間に溜まったストレスが解消されて、癒されること間違いなしです。 山元 香里 ――

渡辺裕之さん
僕は映画俳優なので、ミャン マーと聞くと『ビルマの竪琴』など、映画から連想する。日本とは永い歴史の中で強い繋がりが有るのは机上の知識であるが映画の印象とは全く違う。遠い過去 に何処かで親戚だった様な親しみをおぼえる親日国のミャンマーで僕のデビュ−映画『オン・ザ・ロード』がミャンマーの映画愛好家の方達に愛されていると知らされた。日本からの文化で彩られていた80年代のミャンマーは活気にあふれていたしそこには今の日本人が懐かしむ昭和の日本の臭いがしていた。外交樹立 60周年「ミャンマー祭り2014」を機に更に親交を深めお互いが豊かになって行くためのお手伝いが出来る事は光栄であり幸せであります。 渡辺 裕之

ミャンマー出身の実行委員が、自身と渡辺さんとのスクリーンでの出会いを語ってくれました。

―― 『オン・ザ・ロード』は、ミャンマーでは1984~5年に公開されました。そして、ミャンマー人の映画ファンは同作品を愛し、テーマソングも街中でよく流れていました。今、私が日本でお祭りの委員をし、文化交流、人的交流に尽力する思いの象徴が、実は同作品に重なっています。当時は映画館はヤンゴン、マンダレーなど主要大都市に集中していましたが、同作品は全土でかけられたと記憶しています。ミャンマー語での吹き替えはなく、英語の字幕が付いていました。私もヤンゴンの映画館で鑑賞しました。80年代は、日本の映画がミャンマーに入ってきていました。ミャンマー人はいつも日本人の映画や、それがうつしとった文化、精神性、人間の魅力などに親しんでいました。ヤンゴン市内は日本車が走り、警察などの車両・バイクも、日本製であったと記憶しています。バイクは、オフロード車からレーシング仕様まで、日本製が走っていました。

その当時は、ミャンマーの社会には、 身の回りに実在する様々な物事として「日本」があふれていました。
『オ ン・ザ・ロード』に映し出されていた日本人、モノ、文化は、ミャンマーの社会とリアルタイムで、まさに実在するリアルなものとして、ことごとくつながっていたのです。

その後、政治の状況に応じて文化交流が弱くなる時期を迎え、今に至ります。その間に、ミャンマー国内における外国の芸能と言えば、日本から中国へ。中国か ら韓国へと変遷していきました。しかし当時は、今よりもはるかに強く、生活レベル、社会レベルで、日本とミャンマーはつながっていました。

ミャンマー人としての思いの部分では、ミャンマー人がずっと以前から日本の文化、芸能を知っていたように、再度、日本の文化をミャンマーにたくさん届けていただきたい。ということがあります。
また、それにとどまらず、これからは、日本人にもミャンマーの文化、芸能を知ってほしい。という願いを持っています。
生活の中で日本とミャンマーがつながっていたという事実は、政治の交流というよりも、そもそもは文化交流、人的交流という民間の活力によって実現できていたものです。
これを今から再び、 盛り上げていってほしいという願いです――。

原日出子さん
日本とミャンマー。外交関係樹立60周年を迎えるのですね。この度の「ミャンマー祭り2014」を機に、文化交流のサポーターとしてお手伝いさせて頂けることになり、とても嬉しく、光栄です。芸術文化の交流には、国境も言葉の壁もありません。世界の平和と、子供たちから預かっている未来のために、多いに交流をし、理解を深めていきたいと思っております。 原 日出子

藤本隆宏さん
日本とミャンマーの外交関係樹立60周年の記念すべき年に「ミャンマー祭り2014」のサポーター として両国の文化交流に携われることはとても光栄なことであり、このご縁を大切にしていきたいと思います。相互の理解や交流が深まることにより距離を縮め、刺激し合いながら手を携えてお互いに発展していけるものと大いなる希望を抱いております。より多くの方々にご関心ご興味を抱いて頂き、皆様それぞれの 形で広まっていくことを願いつつ精一杯取り組まさせて頂きます。藤本 隆宏

梶岡潤一さん
ロンドン在住の映画俳優であり、中国国営放送である中央電視台の大河連続ドラマ「鑑真東渡」で、主演の普照和尚役を演じたことでも知られる梶岡潤一さん。
今年が日本・ミャンマー外交関係樹立60周年であることは知られていますが、それと同時に今年は《インパール作戦70周年》でもあります。現在、インド北東部では、その記念の年に合わせて、インパールツアーが各地で催されていて、その開会式の様子はNHKを含む日本のメディアも特集で取り上げました。
第二次世界大戦中、ミャンマーには33万人の日本人が出征し、19万人が亡くなりました。
これは日本人の数だけで、現地の方々も、戦争をした相手も、大勢亡くなりました。そのひどい戦争の象徴のようになっているのが「インパール作戦」と呼ばれる戦闘です。日本はミャンマーからインドのインパールを目指して山中を進み、戦闘以外の飢えなどで多くの兵士が斃れました。約9万人が参加して3万人が 亡くなり、3万人が戦病者となりました。退却する道は白骨街道と呼ばれました。この70周年という記念すべき年に、梶岡さんはどうしても日本人として何かを残したいという思いから、居住地のロンドンで映画チームを結成して、プロデュース、脚本、監督、主演を一手に引き受け制作されました。この作品は、過去の悲惨な戦争という歴史を振り返り、命の尊さを訴え、国を越えて尊重し合えることの大事さを世界に訴えかける主題となっています。

お祭り会場・増上寺に行こう! ご支援・ご協賛のお願い 日本・ミャンマー交流写真展作品募集 サポーター紹介 ミャンマー祭り2013

助成

・国際交流基金
ミャンマー祭り2014 公式FACEBOOKページ

主催

  • ミャンマー祭り実行委員会
  • NPO法人 メコン総合研究所
  • 駐日ミャンマー大使館
  • 公益財団法人 浄土宗ともいき財団

後援

  • 外務省
  • 観光庁
  • 港区
  • 日本経済新聞社
  • テレビ東京
  • 日本商工会議所
  • 株式会社JMAホールディングス
  • 一般社団法人情報サービス産業協会(JISA)
  • 一般社団法人 日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)
  • 日本貿易振興機構ジェトロ(ジェトロ)
  • 独立行政法人情報通信研究機構(NICT)

協力

  • 東京プリンスホテル
  • 「東京写真月間2014」実行委員会 (公益社団法人 日本写真協会)
  • 拓殖大学

企画協力

  • 特定非営利活動法人 アース・アイデンティティ・プロジェクト

事務局のご案内

『ミャンマー祭り』実行委員会事務局
(公益財団法人 浄土宗ともいき財団内 )

eメール
info@myanmarfestival.org
担当 伊藤 紗瑛子/山下 千朝
所在地
〒105-0011
東京都港区芝公園4-7-4 明照会館3F
Tel
03-6278-7464 平日9:00~17:00
Fax
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